2012/3/24〜25 北陸旅行1日目 高山・金沢

概要



行き先 高山(三町、下二之町、大新町)、金沢(茶屋町)
目的 重伝建見学&高山本線完乗
同行者 なし
鉄道乗車距離 676.2km
発着時刻 駅名 行先
22:13 品川 東海道本線 快速ムーンライトながら 大垣行
05:21
05:58
名古屋 名鉄本線 急行 岐阜行
06:31
06:54
高山 高山本線 普通 飛騨古川行
10:10 高山 (到着)
13:14 高山 高山本線 特急ワイドビューひだ 富山行
14:44
14:47
富山 北陸本線 普通 金沢行
15:44 金沢 (到着)

当日の流れ

毎度のごとく品川からMLながら乗車。小田原集合の方が良いと思うんだが。まあ家のドアから品川駅中央改札まで5分なので楽ではあるが。

さて、今回ぐらいながらで徹夜しようと思って色々していたが静岡を過ぎたあたりで寝落ち。車窓が見えない上にもう18回乗った区間(片道を1回として)なので暇すぎた。

さて、毎度のごとく熱田の手前で起きた。そこで急に、名古屋から岐阜まで名鉄で行こうと思った。というのも、名古屋〜岐阜はながらに乗っていた方が早く安く着くのだが、それは何回もとった行程なので面白くないためである。そして名古屋でさっさと降りた。朝の名古屋駅は店が閉まっているし、駅を歩き回ったことも何度かあるので名鉄ホームに直行した。名鉄は中3冬に犬山に行った以来だ。毎度のごとく赤い電車に乗り岐阜へ向かう。朝らしい空であった。しかし途中で寝落ちし、起きた時は岐阜。携帯を忘れかけるも車両から飛び降り改札を抜けた。名鉄岐阜駅は特に何もなかった。ここからJR岐阜駅まで数分商店街を歩く。JR岐阜は見かけこそ立派だが中は賑わっていない。弁当売りが居たくらいだ。ここから高山本線で高山へ向かう。

旅情を感じさせるディーゼル音を響かせるキハ40に乗り込むと、座席は地元民で埋まっていた。大赤字路線とはいえ岐阜近辺は流石に人がたくさん乗っていた。しかしその光景は美濃太田辺りで変わった。座席にかなり空きが出る上に観光客風の客だらけになった。この路線は木曽川の上流にあたる飛騨川沿いを走っていく。山を抜ける途中に集落が散見される。予想よりは人が住んでいるようであった。また、ダムも数か所発見した。

さて、高山本線206分の旅は終わり、10:10に高山駅に到着した。観光地らしく駅舎は和の雰囲気を出すように作られている。駅前には観光協会の大きな案内所が有り、観光で持っている町であることを感じさせる。バスや自転車でめぐるという手もあったが、一人班ということもあり気楽な徒歩という手段をとった。

まずは高山陣屋へ。林業や鉱業で栄えた高山は江戸幕府の直轄地であったため、代官が政務を執る役所として使われていたのがこの陣屋である。明治維新後もこの陣屋は役所として使われ、1969年に県の事務所が移転するまで現役であった。幕府直轄地の陣屋としては唯一現存するものであったので保存が決まり、1996年に大規模な復元工事が行われ江戸時代と同じようになっている。

内部を見た感想だが、取り次ぎの部屋が非常に多かった。いかにも江戸時代の役所らしい。今もそうかもしれないが。とはいえ建物の質は非常に高かった。また、蔵の中で高山について展示しており、その後の観光に役に立った。なお、高校生以下の入場料が無料なのも良い。

その後は重伝建の三町地区へ行ったが、高山は重伝建地区でなくとも見るものは多々あった。精肉店や飲み屋などの中には意匠をこらした建築も見られた。私が好みの都市景観は江戸時代の町並みではなく和洋混合の商業建築なので。 さて、三町地区へ。ここは高山で始めに町並み保存が始まった所である。そのため修景がしっかりとされている。ファミマでさえ看板に緑を使わず、茶色に白地である。逆に、それだけ観光化も進んでおり、土産物屋や飲食店が並び大量の観光客が居た。まあ昔から栄えていたところなのでにぎわうのは構わないが、和風建築の景観に現代的な装いの人間が大量に入る風景は好みではない。


この後は、三町より遅くに町並み保存が始まった下二之町、大新町へ。三町のすぐ隣である。こちらは観光客が全くいなく、土産物屋より生活に根付いた業種の店が多い。しかし町並み保存が始まったのが遅いために景観を乱す現代的な建物もちらほら見られ、観光地化は難しそうであった。観光地化しなくてよいのだが、このレベルでは見に行こうとはあまり思わない。高山は建築様式というよりも町並み保存と観光という観点で見ていたので詳しいことは省略する。(町並み保存と観光ということについては末尾で述べる。)また、時間が余ったので八幡宮に行ってみた。八幡宮自体はどうでもよかったのだが、近くの家に「人は誰でもマインドコントロールされる」という浄土真宗からのお知らせが。オセロ中島事件に関連して貼られたのだろう。それだけ印象に残った。その後は遠回りし街を徘徊した。市役所や小学校があったが見るものはない。

駅へ向かったが、2時間半ほど時間が余った。さすがに時間の無駄なので13:14の特急で金沢に行くことにした。昼食を取ろうと店や売店を探したが駅弁屋しか無い上にあまり魅力を感じない。結局駅前のコンビニを使った。

さて、13:14のワイドビューひだに乗った。自由席はがらがらで、足が非常に痛かったので2席占領した。久しぶりの特急なので座席に感動。まあ、はまなすのドリームカーには負けるが。富山までの車窓からは雪がちらほら。これがこの旅行で見た初めての雪だった。

富山からは北陸本線で金沢へ向かう。金沢駅の手前で車窓を眺めていたら、急にあの国鉄色のボンネット車が見えた。そう、485系である。この外観が非常に好みなのだが現役時代に一回も見ていなかったのでスクラップになる前に見られて非常にうれしかった。

金沢駅についたが、この後は茶屋街に行くことにしていた。こちらも重伝建。金沢は中2の冬に来ていて市内観光もしたのでガイドマップや下調べ無しでも余裕だな、と思っていたが実際は駅の出口を間違えるありさまだった。しかしその後は勘で進み茶屋街へ着いた。茶屋街は二か所に分かれているがまとめて扱う。ここは高山以上に観光化されており、修景も非常に進んでいた。しかし、逆にそこから不自然な印象を受けたのであまり見る物はなかった。とはいえ、路地裏の方は昔のままであり徘徊するのは非常に楽しかった。入り組んだ道割が楽しい。

なお、茶屋街以外にも見ごたえのある建造物が多々あった。古い木造三階建ての建物が非常に多いのは金沢の特徴であろう。これらは料亭であったり金物屋であったりと用途はさまざまである。そのほかにも洋風の銀行などがあった。

ここからは名鉄系百貨店により氷見港水揚げの寿司を買いホテルへ向かった。このホテルは住宅街の中の分かりにくい場所にあったうえ、外見はただの古アパートだった。実際、アパートを転用したらしい。フロントは207号室だった。隣にさびたトタン屋根の建物が有ったりと、非常に怖い。