2015/5/30 ヒッチレース1日目 上野〜京都
概要
行き先 | 京都大学 |
目的 | 帰還 |
同行者 | なし |
発着時刻 | 場所 | ドライバーさん |
---|---|---|
00:40 | 京都大学 | 寮祭実行委員 |
07:40 07:50 |
東京大学 | 寮祭実行委員 |
08:00 16:00 |
都内放浪 | 徒歩 |
16:00 16:30 |
池尻大橋 | 横浜町田へ向かう予定の芸術家の方 |
17:10 17:35 |
海老名SA | 帰宅する富士市のご夫妻 |
18:45 21:30 |
足柄SA | 関東から輸送中の愛知県のトラック運転手の方 |
23:00 | 浜松SA | 一日目終了 |
当日の流れ
5月30日0時の出発を前に、参加者が集合する。今年も車のキャパを参加希望者が若干上回り、出られない人もいたよう。現地まで護送される車を抽選で決めた。そして、段ボールとペン、水を受け取り、現金・身分証などは置いて行き、荷物は最低限のものにする。
私を含む参加者3人と運転手1人が車に乗り込んだ。スポーツタイプの黄色い軽自動車である。吉田寮祭のビラが各側面に貼ってある。これが一般道を走っていると、まっとうな車だとは思えない。
大学を出ると、運転手がおもむろにカーナビに目的地を入力した。「とうきょうだいがく」。行先はまさかの出身地・東京。田舎の山道を想定していたので予想外の展開である。なお、今回のヒッチレースでは最も東に飛ばされた。もっとも西は九州であるし、以前は福島に送られて例もあるので、ましであるのだが。
深夜の高速を駆け抜け、一旦浜松SAで休憩した。ここは24時間営業の飲食店やコンビニが有り、一日で帰れなかったらばここなどに泊まろうかと思った。
その後も東進し、用賀で下道に降りる。渋谷・六本木と親しんだ町が現れていた。6時間ほど前に突然に知らされた東京行であり、どうも実感がない。だが久しぶりに来て嬉しくなって勝手にガイドを始めるなどしていた。この先を知らないので余裕の態度である。
東京都心(7:40着)
そして7時40分ごろに東大へついた。京大は時計台前に車を乗り付けられるので、東大でも安田講堂か赤門のすぐ前に乗りつけて記念写真を取ろうという話になったが、安田講堂は無理そうだった。そこで赤門前に停車し、近くを歩いていた東大生に写真を撮ってもらった。迷惑な話である。京大生はこのおもちゃが大好きだ。赤門前で車に乗っている3人とも降ろされる話だったが、ばらばらの方が面白いということで、一人はここで降り、私は上野、最後の一人が浅草で降りることになった。
私は上野駅前で降ろされた。とりあえず上野公園を向かう。芸大や寛永寺を見たり散策したりして、ついにヒッチハイク用の看板を作る。とりあえず東名に乗ってしまいたいので、近くて大きいSAである「東名海老名」と書いた。
「東名海老名」を持ちながら公園出口の方へ向かい、適当な場所を探す。だが、東京なら余裕で帰れる気がしたので、まずは久しぶりに散歩することに。上野から南進し、秋葉原へ。ただ8時台は閑散としておりあまり面白くない。そこで、岩本町駅付近でとりあえず看板を掲げたが、車道からは何も反応がない。歩行者の中からは「ヒッチハイクだー珍しいー」などとの会話が聞こえるが、アドバイスなどしてくれる人は皆無。たまにタクシーが寄ってくるのは困った。また、減速したと思ったら私の姿を撮影しただけで挨拶もなく通過する車は精神的につらい。
ここは見込みがなさそうなので、日本橋・京橋・銀座方面へ歩きつつ、車が止まりやすそうな首都高の入り口を探した。しかし、この辺りは首都高の入り口が地下だったり、首都高に入る車は斜線の中央に居て停まりようが無かったりと難易度が高そうであった。江戸橋付近・宝町駅付近・銀座ランプで掲げるもあえなく失敗。
首都高に入る車を見つけても東名に行くとは限らないので、その可能性が高いと思った霞が関〜六本木〜渋谷〜用賀の首都高に入る車を探すことにした。よって、銀座から霞が関へ歩く。街中では流石の東京、様々なイベントが催されている。しかし無一文の身からすれば参加できないことである。この辺りで、自分は一銭も持たずに東京に居て、しかも帰らなければいけないことの深刻さに気付く。手持ちがないために朝食を食べていないのである。無一文のつらさを実感する。
移動前に、日比谷公園の図書館で道路地図を見た。Google mapsは禁止である。ここは東京の郷土資料があったり、配布している廃本が有ったりとしたため時間を食った。
霞が関の料金所付近に着いたが、流石にここは信号に常時警察官が複数おり、あまり関わりたくないのでやめることにした。身分証もなく無一文で怪しい行動をしているので、警察と関わると面倒なことになりそうであった。
六本木まで進んで掲げていたが、ここも全然止まらない。すると楽天イーグルスTシャツのおばさんから声を掛けられる。私の服装が怪しすぎるので、おばさんのやっている古着店の在庫をくれるとのこと。この時まで着物でやっていたのだが、確かに怪しい。結局ピンクのTシャツと短パンをもらい、公園で着替えた。また、おばさんは、カロリーメイト、非常用五目御飯、レモン、水2L、チェルシー、つめきり、ライター…などなどをくれた。何故に持っているのか不思議である。半分外で暮らしているようなものなのでこれくらい持っている、とのこと。ホームレス(に近い?)の方のようだ。
さて公園でおばさんと話していると、一人でいる地元の女子小学生がやってきて、遊ぼう遊ぼうとせがんでくる。別に急いでいないので一緒に遊んだが、自分のことを姫と呼ばせるし砂をかけてくるし小学2年生の恐怖を感じた。
結局1時間半ほど遊んでいて、流石にそろそろ進むことに決めた。おばさんには、路上からは車を捕まえにくいので駐車場付 コンビニで個別交渉することを勧められる。しかし、公園に居た子連れ男性に相談すると、六本木・渋谷でのヒッチハイクは絶対に警戒されるので、渋谷駅より西に出るよう勧められる。確かに怪しすぎる。よっておばさんと別れ、池尻大橋の料金所前を目指すことにした。一緒に遊んでいた小学生に別れを告げると、お兄ちゃんのバーカと罵られた。
延々と西へ歩き続ける。上野でスタートしているので、炎天下相当歩いている。池尻大橋まで大体15キロだったよう。足が痛い。ようやく首都高の料金所を見つけ、また「東名海老名」の段ボールを掲げる。ここでも最初30分ほど脈無しで、通行人からの視線を浴びるのみ。
池尻大橋(16:30発)〜海老名(17:10着)
この時点で4時過ぎなので、初日は1台も捕まらないという可能性も出てきて深刻にまずいと思っていると、歩道から声を掛けられる。近くの駐車場に車を停めているグラサンのおじさんだった。横浜町田まで行くので、少なくとも高速には上げてくれるとのこと。有り難い限り、お願いすることに。
40台、グラサン、ひげのある方。そこらのリーマンとは違うかっこよさがあると思ったら、芸術家らしい。(帰ったら連絡してよ、と渡された会社のアドレスで分かった)ヒッチハイカーを見たことは何度かあるが、乗せるのは初めてとのこと。無一文で上野に捨てられたこと、六本木で服を筆頭に色々もらったことなどを話した。大学を聞かれたので京都大と答えると、驚いたけど納得、というようなことを返される。(以後、大学を聞かれて答えると、みなさん大体このような感想をお持ちになる。変な意味で名が通っている。)大学のことなど喋っていたが、よくこの風貌の人に物怖じしないね、などを言われる。失礼ながら確かにそれもそうなのだが、ヒッチハイカーを乗せてくれる人はいい人だろうと思っていた。
結局、ありがたいことに、わざわざ海老名まで連れて行ってもらえることになった。さらに、最後に5000円頂いた。乗せていただいた上にお小遣いまでいただけるとは想像できなかった。ついに現金を手に入れたので、飢えに苦しむことがなくなった。本当に有り難い。
海老名(17:35発)〜足柄(18:45着)
17:10ごろに海老名SAで降ろしてもらった。ここは東名屈指の巨大SAなので大丈夫だろう、とのこと。そして本線への出口近くで「浜松方面」と「足柄」を代わる代わる掲げてみた。するとあまり待たずに静岡ナンバーが停まってくれた。富士市在住なので、足柄SAか沼津SAまで連れて行っていただけるのとこと。有り難く乗せていただく。
自分の親くらいの年のご夫妻。実に善い人らしい雰囲気。元ヒッチハイカーでもヒッチハイカーを乗せたこともないのに、ただの偶然、善意で乗せてくれたよう。自分が高速道路のことをろくに知らないのでお勧めのSAや段ボールを掲げる位置など教えてもらったり、行く学部や大学はどういう風に決めるものなのか話したりした。 自分の親くらいの年。足柄と沼津のどちらで降りるべきか結構考えてくれたのだが、足柄は手前ではあるが沼津より車が多そうなので足柄になった。確かに大きなSAだったのでよかった。
足柄(21:30発)〜浜松(23:00着)
足柄で降ろしてもらい、若干売店を物色したあとに段ボールを掲げていると、帰ったと思った先程のお二人がやってきて、崎陽軒の弁当とインフォメーションにある道路地図をくれた。車内で「しんとうめいってどこからどこまでですか?」「SAとPAってなにがちがうんですか?」など素人丸出しの発言をしていたので心配してくれたのだろうか。人間の善意というものに実に感動した。
「浜松方面」を掲げていても海老名のようにすぐには止まってくれなかったので、休憩することに。ここは風呂と足湯が有り、池尻大橋から乗せてくれた方にお勧めされていたので行ってみた。640円で大浴場と足湯、ラウンジが3時間使える優秀な施設だった。六本木の公園で小学生に砂をかけられたせいで、頭の砂が酷かった。足湯にはドクターフィッシュのいるものまであった。薄暗いラウンジはソファーや和室、テレビに漫画、180円のドリンクバーと休憩所としては申し分のない設備である。1000円台で泊まれるようだが、節約したいので1時間ほどで退出した。
また外で「浜松方面」を掲げたが、なかなか止まってもらえない。足柄で止まってもらった時点で「薄暗いとよく見えない」と言われていたので、完全に日没した今や難易度は更に上がった。ここで70才近そうなおじさんに声を掛けられる。どういう身分だか分からないが、よく足柄SAに居てヒッチハイカーを指導したり、本当に困っている人には知り合いのトラック運転手を紹介したりしているらしい。浜松ではなく京都を掲げて、休憩所から一人で出てくるトラック運転手風の人と交渉し、一気に乗せてもらうことを勧めてきた。
おじさんと別れた後、出てくる人に視線で懇願していたら、おじさんの言うとおり、トラックで仮眠したあとに食堂に寄っていたトラック運転手の方が乗せてくれることになった。愛知県に入った所で高速を降りるので、浜松SAまでお願いした。
30台、中学生と高校生の子持ち、日系3世の愛知在住ブラジル人。ヒッチハイク特集のテレビ番組を見てから、東名でヒッチハイカーを見るたびに乗せてあげているとのこと。知らない運送会社だが、関東〜愛知の宅配便輸送で、平日勤めている会社とは別に、休日も仕事が有ればアルバイトで運転しているらしい。体がもつのだろうか。19〜20歳くらいの時は京都祇園のバーで毎週ナンパし、大成功していたことを自慢される。
こう書くとしょうもない遊び人のようだが、発言の重い人だった。15歳で来日し働いたこと、教育をあまり受けていないからトラック運転手をしていること、しかしトラックが日本を支えていること、子供には大学へ行かせたいこと、子供は日英ポ西4ヶ国語ができるので期待していることなど。いい親である。ちなみに、家庭内公用語はポルトガル語らしい。また「がんも」を知らなかった。
大型トラックにははじめて乗ったが、とにかく巨大だし車高も高く楽しかった。静岡県の夜景がよく見えてきれいだった。車での旅行も楽しい。そして23時に浜松SAで降ろしてもらった。
浜松SAは24時間営業のコンビニ、土産屋、ラーメン屋があり、フードコートの柔らかな椅子もあるので夜過ごすのに向いていた。急いでいるわけではないのでここに一泊。